嫁くどき飯

日々、嫁を口説くためのお店を神楽坂中心に探し続ける旦那のブログ。

江戸川橋「創業1972年の老舗町中華 新雅」

私は、息子の方ばかりに目を取られていた。厨房の中心で、重たそうな中華鍋を豪快に振るう息子の手さばきには、誰もが目を奪われてしまう。しかし、かれこれ5年ほどこの中華料理屋に通う私は、息子の後ろでこの店の味を本当の意味で作り出している影の立役者、”大将”の存在を見逃さなかった。(これまで見逃していたのだが笑。)

 

最寄りは江戸川橋駅に店を構える町中華 新雅(しんが)。平日休日問わず行列必至。そこまで乗降客が多くない駅なことも考えると、その凄さが際立つ。行列の窓越しに見える様子を見ると、「家族経営の街の中華屋さん」という特有のフレーズを言いたくなるが、店内に入ると、そんな言葉は、熱気とともにぶわっと吹き飛ぶ。カウンターしかない店内を境にした厨房は、まさに熱気立ち込める戦場だ。先代の夫婦、若夫婦の4人経営で、お客さんにいち早く出来たてホヤホヤの料理を提供するため、寸分狂わぬチームワークで、あっという間に目の前に料理が出てくる一連の流れは圧巻であり、やはり、豪快に鍋を振るう若主人に目が行く。一つの中華鍋だけで、チャーハンやニラそばまで全ての料理を作り上げる姿は、観ものだ。

 

「厨房の主役は、この若主人だな」と思っていた。初めてこの店を訪れた時、見るからに大活躍の息子の後ろに立つ爺さんは、正直、現役を引退した存在に見えた。齢、70歳ぐらいであろうか。肌も色白な様子から、あまり外にも出かけられず、やっていることといえば、皿の配置や、息子が作った料理の配膳、焼餃子の盛り付けといった具合で、一線は退いたが、今でもできる簡単な仕事で、引き続き家族経営の中華料理屋を支えている先代の大将、といったような印象を持っていた。

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平日昼からも行列



今日も、いつもと変わらぬ形で訪れた新雅。この日は、約5年目にして、初めてカウンターの一番奥の席に案内された。今思えば、勤続5周年、いや勤食5周年の記念の特別シートに案内された気分だ。カウンター奥の席は、厨房の様子を一番良く見渡すことが出来、大将と若主人のやり取りがよく見える角度の特等席になっている。

 

名物の「ニラそば」か「チャーハン」で迷った挙げ句、「ニラそば」を注文…と、そこで、私は突然目を奪われた。大将の寸分狂わぬ、無駄のない動きに。若主人がラーメンの具材を炒めている横で、大将は複数の皿を配置すると同時に、各種の調味料をひとつひとつの皿にサササッっと、すごい手際で入れていたのだ。

 

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ニラそば

それだけではない、チャーハンに至っては、的確に盛った白いご飯とチャーハンの具材を、これまたすかさず若主人にパスしているではないか。つまり、若主人は、大将に用意された舞台でただ踊っているだけ。肩の力が入りっぱなしの状態で中華鍋を扱う弟子の横で、まるで宙に浮くかのような脱力した姿勢で厨房をさばく師匠といった構図だ。スター・ウォーズが分かる人には、ヨーダである。剣を持たない、色白のヨーダである。

 

それに気づくと、これまで一線を退いたかのように見えていた大将が、厨房でタクトを振るう指揮者にように見えてきた。この店の味を決めていたのは、そう、大将だったのである。

 

この事実に気づいてから、より味わいが深くなった。創業1972年と聞く。先代から伝わる味を、息子が必死に食らいつきながら、引き継いでいく。そんな歴史を感じると、今日は男一人、涙が出るくらい美味しかった。俺、口説かれ飯である。

 

感極まった私は、「ごちそうさまでした!」と大きい声で挨拶し、大将の奥さんに千円札を手渡す。奥さんは、お釣り用の小銭をエプロンのポケットにじゃらじゃらと音がなるくらい入れており、間髪をいれず150円のお釣りを渡してくれる。指先だけで何円玉かわかるのだろうか。。この夫婦、只者ではないな。

 

お釣りとともに奥さんからの一言。

「まいど!(フォースとともにあらんことを)」と空耳が聞こえてきた。